一のパソコンを整理していたら、「詩」という名前のデータがありました。
作成年月は2003年7月6日です。
そこには、以下のような短い文章が書かれていました。
俺は自分が醜くゲスな事を知っている
聖人になれない事も知っている
それなのになぜ家族に誠実であろうとするのだろう
どうして友人に献身的であろうとするのだろう
そして他人に親切であろうとするのだろう
道徳など嘘だと知っている
社会の常識など都合の産物だと知っている
本当の意味での愛を知り、その愛が自分にない事も知っている
この時、一は32歳でした。
遺書にも書いていた、以前「死ぬつもり」だった33歳の一年前です。
このような心境について彼と話した事はありませんでした。
したがって、この詩をなぜ書いたか、そして当初予定していた「33歳での死」をなぜ回避したのかもわかりません。
最後の一行を読んだ時は、彼が、とても大好きだった彼女「Yさん」と結婚をしなかった理由に繋がるものがあるのだろうか、などとも思いました。
とはいえ、一がこのように偽悪的な自己認識をしながら、家族や友人を大切に想っていた事を知ることができたのは嬉しい事でした。
おかげで、当初の予定より11年も、彼と楽しく過ごすことができたのですから…。
ただ、できれば、もう少し、生きる予定を延ばしてくれたら、とも思いました。
もちろん、いまさら言っても仕方のないという事は分かってはいるのですが…。