皆さんご存知の通り、一の特技の一つに料理がありました。
原点は野方時代のおせち料理作りまで遡るのでしょうか。
幸ちゃんはナマス、自分は田作り、一は栗きんとんという割り振りでした。
自分がひたすらゴマメのワタ取りをやっている間、幸ちゃんは大根や人参を千切りにし、一はサツマイモを裏ごししていました。
自分と比べると、かなり高度な事をやっていたわけです。
その頃から料理に興味を持っていたのかもしれません。
そして、二十歳を過ぎた頃には、既にかなり料理の腕を上げていました。
そういう事もあり、1993年から東中野で二人暮らしを始めた時は、自然と一が料理担当となりました。
そして一は、色々な美味しい料理を作ってくれました。
また、探究心も旺盛でした。自分は、イカの塩辛を酒のつまみにするのが好きです。ある日、それを見ていた一は、イカを買ってきて、塩辛を手作りしてくれました。
他にも、色々と美味しいものを作ってくれました。
当時、近所に二人の共通の知人がいたのですが、一度うちで一の料理をごちそうしたら、すっかりファンになってしまい、その後、何かのたびにうちに来たがるようになった、という事もありました。
その後、自分は結婚して千葉に引っ越し、一は高輪に戻りました。
その高輪では、さらに料理の腕に磨きをかけたようでした。
以前から得意だった大野家餃子は、小麦粉を買ってきて皮から自作するようになっていました。
そして、デジカメや携帯を使うようになると、出来栄えのいい料理の写真を撮影していました。
一が遺したパソコンの画像データを調べた所、彼女の写真の次に、料理の写真がたくさん残っていました。
その料理を紹介します。なお、餃子・焼きそば・栗ごはんは、詳しい制作過程も残していました。
餃子編





焼きそば編





その他の料理




最後にオムレツです。ケチャップで顔を書いています。
これは、「さのすけ」という一の大好きなキャラクターでした。ツイッターでの自画像も、このキャラクターを模したものを使っていました。
ケチャップでオムレツにこの顔を描くのが大好きで、これに類する写真はかなりの枚数がありました。

高輪・東中野で同居していた時、結婚してから高輪に遊びに行った時、そして一が幕張本郷に来てから、彼のアパートに遊びに行った時、いずれも彼の作る料理をおいしく食べていました。
結果として、最後に彼の作った料理を食べたのは、2015年5月22日、上大崎で行われた、自分の誕生パーティーでした。
両親と、幸ちゃん・一・美加さんの六人で集まり、自分を除いた皆で作った大野家餃子をおいしく食べました。
帰りも、三人で楽しく趣味の話をしながら、幕張本郷に帰ったのですが…。あれが最後だったと思うと、本当に寂しい物があります。







