書くのが一ヶ月ほど遅れてしまいましたが、7度目の命日である2022年10月23日に、皆でお墓参りに行きました。
天気のいい日で、愛ちゃんが選んだ花も非常によく映えていました。

この日は一の命日であると同時に、自分が一に会った最後の日です。
そのため、その最後に会ったときの事を思い出しました。
もし、前の晩に行った、一度目の自殺に「成功」していれば、この最後の出会いはありませんでした。
一と最後に会話をしたのは、世を去る16日前の10月7日でした。この日、パソコン教室に一のマンツーマン授業があったのです。
その翌週である13日に、仕事関係のメールをやりとりしたのが、一と最後の意思疎通でした。
その際、一が「来週はちょっと忙しくなるので月曜日(※10月19日)以外は無理な感じになります。再来週以降は未定です。それでは。」と返信しました。もちろん、「忙しい」というのは、秋葉原で泊まるなど、最後に生きることを楽しむことと、その後に世を去ることだったのですが、もちろん、その時点の自分が気づくわけがありません。
そこで、「その来週の仕事が終わったら、打ち合わせをしましょう」とメールをし、一が「了解しました。それでは。」と返信したのが、最後にもらったメールとなりました。
いずれにせよ、一が最後に見た人間が自分になったわけです。一がその事をどう思ったのか、気になっています。もちろん、知ることは永遠にできませんが…。
帰りに、かつて二人で住んでいた上高田に行きました。納骨のとき以来、7年ぶりです。
住んでいたアパートは建て替えられていました。自分たちが住んでいた時点でかなり古かったのである意味当然なのですが、二人で住んでいた場所がなくなった、というのは寂しいものでした。
夜に、ツイッターで一の事を書いたら、一の友人二人が「いいね」をしてくれました。友人の方々がいまだに一の事を思ってくれていることがわかり、嬉しく思いました。