6度目の命日


 今日は6度目の命日でした。
 この時期になると、あの日の事を何度も思い出します。
 特に忘れられないのは、11時ころ、一の部屋に行き、窓越しに彼の顔を見たときでした。
 寝起きの不機嫌そうな顔をして起きてきた一の顔を見て、「やはり自殺なんてするわけがない。自分の思ったとおりだ」と安心し、同時に起こした事をジェスチャーで謝罪し、安心して家族に報告したものでした。
 まさか、前の晩に自殺を試みて失敗した事、そして自分の顔をみた直後に「二度の自殺に挑む(一が遺したメモより)」を実行した事など、全く思いもよりませんでした。
 毎年書いていることではありますが、彼が人生最後で見た人間が自分だった、という事は、一生忘れないことの一つだと思っています。

 ところで先日、何度かここで書いている、一の友人の方が、ドトールコーヒーでアルバイトしていた思い出をツイッターで書いていました。
 それを読んだとき、一がドトールコーヒーでアルバイトしていた事を思い出しました。
 場所は、港中(当時)の前にある聖坂をくだった三叉路にあったと記憶しています。グーグルマップで調べたら、現在はなくなっていました。
 彼はそれがきっかけでコーヒーに非常に興味を持ち、色々な淹れ方を研究していました。
 東中野で二人暮らしをしていたとき、口の細いポットを購入して、より美味しいコーヒーに挑戦していました。
 また、東中野に越したときも、近所の喫茶店でアルバイトをはじめました。残念ながら、すぐに潰れてしまい、それ以降、東中野で彼が働くことはなかったのですが…。
 彼の淹れてくれたコーヒーは本当に美味しかったものでした。
 あと、忘れられない話があります。
 自分は生まれついての猫舌で、今も熱いものが苦手です。
 一も子どもの頃は同じでした。しかし、美味しいコーヒーを極めるため、何度も熱いコーヒーを飲んであえて舌を火傷し、それを繰り返す事により、「猫舌」を克服した、と語っていました。
 料理もそうでしたが、美味しいものを作る事、味わう事が、本当に好きなんだな、と驚いたものでした。
 その後、幕張本郷に引越してきたあとは、二人であったときは、お酒しか飲まなくなりました。
 そのため、彼の淹れたコーヒーを幕張本郷で飲むことはありませんでした。
 今にして思えば、一度くらいは、コーヒーを淹れてもらうよう頼んでみたら良かったな、と思っています。