二回も選挙があるなど、多忙な日々を過ごし、ここでの更新が遅れました。
今日は二度目の命日でした。自分にとっては、二年前の10月23日は一に最後に会った日でもあります。
以前も書きましたが、最後に会ったのは午前11時ころでした。
ツイッターに自殺をほのめかすような投稿をした事に気づいたお父さんから電話をもらい、彼の部屋に行きました。
玄関のチャイムを押しても反応がないので、裏にまわって部屋のガラス戸を叩きました。
すると、一が起きてきました。眼鏡もかけず、眠そうな顔をしています。
なんだ、寝ていただけなんだな、やはり自殺などするわけがない、と安心しました。
ちなみに、自転車で来たので、自分はヘルメットをかぶり、またマスクもしていました。
気づいてはいるけど念のため、と思い、ヘルメットとマスクを外し、起こしてしまった事を謝りました。
それが、一が生涯で最後に見た人間の顔になったわけです。
そして一は、パソコンの付箋に「10/22一度目の自殺失敗」「10/23兄訪れる」「10/23再度の自殺に挑む」と書いた後、自らの命を絶ちました。
もうあれから二年経ったのか、と思います。
ちなみに、今でも自分が自宅で使っているパソコンは一の遺品です。電源を入れると、先述の付箋が表示されます。
それもあって、この2015年10月23日の事は、今でも昨日のように覚えています。
結果的に、チャイムを押しても出なかった時に、裏に回らずに警察に電話すれば、一は少なくともその日に死ぬことはありませんでした。
ただ、いま振り返っても、自分がそうする可能性は100%ありませんでした。
したがって、後悔はしていません。
この件以来、何か失敗があった時、それに反省しつつも「あの時、こうしておけば良かった」と引きづらないようになりました。ただ、同じ失敗を繰り返さないよう、次からの行動には活かしていますが…。
そういう心境で失敗を処理するたびに、「これも、一から最後に貰ったプレゼントだったな」と思っています。
ところで、ネットをよく見ていた人ならご存知でしょうが、今回の自分の選挙で、奇妙な事が起きました。
自分の選挙区に、異常な暴言を繰り返す事で有名な元アナウンサーが出ていました。
その人が、突如、ツイッターなどで、自分に対する執拗な攻撃を始めたのです。
しかし、それに対して、政党としては相手の攻撃内容が事実誤認である事を指摘をする文章を公式サイトに載せましたが、自分自身は一切相手にしませんでした。
ツイッターで執拗に絡んでくる相手に対すて最も効果があるのは相手にしないこと、というのを知っていたからです。
これも、一に教わった事です。
ツイッターの黎明期に、ひょんな事から、面識のある人間がツイッターを通して非礼な事をする、という事例に遭遇をしました。
それについて一にメールで相談したのですが、彼は一言「ほっとく(放っておく)」と回答してきました。
そして、それが最善の対応策でした。
今回の自分の対処の原点はそれにありました。
もし、下手に相手をしていたら、自分の印象も悪くなったでしょう。また、そんな事に時間を費やす分、政策の研究や発信に使われる時間が奪われた事でしょう。
実は、今回、自分は落選しましたが、得票率は11.9%でした。もし、あと2%ほど低ければ、供託金没収になっていました。
票数にすれば4,000ほどです。ネット対応の不味さがあれば、そのくらいの票は減っていたかもしれません。
ある意味、一のおかげで供託金を失わずにすんだと思います。
感謝するとともに、この珍騒動を一が見ていたら、一杯やりながら色々と面白い論評をしただろうな、と思い、それが聞けない事を残念に思いました。
(※なお、仮に供託金没収になっていたとしても、自分の支払いは一切ありません。念のため)
さて、今日はお母さんとお墓参りに行きました。
秋晴れの澄んだ空でした。2年前、一が死んだ日も、その翌日も、本当に澄んだ青空でした。
その青空を何度も眺めたものでした。その事を思い出しました。
お墓には、花が供えられていました。パソコン教室時代にお世話になった方です。
二年経ちましたが、一は色々な人の心の中に生き続けているのだな、と思いました。
帰りはお母さんとサイゼリアで食事をしました。晩年、彼と飲む時は、たいてい教室の近くにあったサイゼリアを使っていました。
その時、必ず頼む料理を食べながら、その時の事を思い出したりしました。


