10月23日は、一の一周忌でした。
八王子に向かう電車の中で、一年前のあの日のあの頃、彼の部屋に行った事を改めて思い出しました。
起きてきた彼を見て「良かった。やはり自殺なんてしているわけない」と思いながら、起こしてしまった事を彼に謝ったものでした。
そして、それが自分が一と会った最後になったわけです。
以前にも書きましたが、一は、メールやツイッターなどで、自分が自殺するとは絶対に予見されず、かつ後から見れば自殺を意図していた事が分かる、という表現をしていました。それだけに気付けなかったのは仕方ないと思っています。
この最初の命日にあたり、複数の方々が一を悼んでくれました。
お墓には、先週お母さんが供えた花が飾られていました。枯れかけたのもありましたが、一部はまだ元気ということで、その部分を残した上で、新たに買った花と一緒に供え直しました。
クリックすると写真が大きくなるので、見比べてみて下さい。下のほうの紫のランは新鮮だったためそのまま使われてです。また、整理した結果、全体が見えるのですが、まだつぼみのものもあります。
おそらく、この紫のランはお母さんが供えたものではないでしょう。自分と一でやっていたパソコン教室の元生徒さんはこの紫のランが好きで、教室にプレゼントをしてくれた事もありました。
そして、一が亡くなってちょうど半年後の4月23日、自分が一人で墓参に行ったときも、この花が供えられていました。
一の命日のあわせて、その方が供えられた可能性は高そうだな、と思いました。
また、一が高輪に住んでいた時に、よく電話をくださった竹田さんも、家族三人でお墓参りに来てくれたとのことでした。
自分はよくしらないのですが、竹田さんのお嬢さんも一を慕っていた、という話を聞いたことがあります。そういう事もあって、三人で来てくれたのでしょうか。
また、ツイッターでも、一と相互フォローしている人に、命日であることをお伝えしたら、
「今日が命日だったんですね。直接御線香をあげられないのが残念です。魂が解放されて苦しみのないところにいるのであれば良いのですが。『あの世』があるかはわかりませんが、もしあったら、はじめさんが松来さんと会えていることを願います。」
というコメントをして下さった方もいました。
あと、別の方が一の逝去を知った時に書いたブログを読む機会もありました。Hさんへ。という題名で、一との想い出を語っています。
一の友人・知人のうち、自分が逝去を伝えた人は10人もいません。しかしながら、このように悼んでくださる人が何人もいたわけです。
これも、彼の人柄ゆえなのだろうな、と思っています。