パソカレッジ大久保教室の一 その1(2012)


 自分は2012年3月にそれまで務めていた会社を退職し、パソコン教室を開業することにしました。
 一は、「もう少しパソコン教師としての経験を積んだほうがいい」と心配していました。ただ、いざ開業が決定したあとは、非常によく手伝ってくれました。

 パソコン教室の集客手段と言えば、看板・チラシ・ホームページですが、いずれも、彼にデザインしてもらいました。
 今回の教室において、パソカレッジというFCに加盟しました。一にその既存教室のサイトを見せたのですが、「大久保教室がパソカレッジの中でいちばんいいデザインになるよ」と言い、それを実現させました。
 看板やチラシ、さらにはパンフレットも、素敵なものを作ってくれました。
 もともと、パソカレッジというFCには、パソコンを模したキャラクターがいます。しかし、それは一の美意識的にはきついものでした。そのため、そのキャラを元に、自分で大久保教室専用のキャラクター「パソコンくん」をデザインしました。
 冗談半分で、この「パソコンくん」をメジャーにしたい、などとも言っていました。

一がデザインした教室のポスターや案内です。
一がデザインした教室のポスターや案内です。

 上の二つの「パソコンくん」ですが、よく見ると、目の位置が違うことが分かります。
 紙におけるキャラの配置を考え、このような細かいところまでもこだわって描いていたのでしょう。
 彼がデザインした教室の看板にも、この「パソコンくん」がいました。
一がデザインした、パソカレッジ大久保教室の看板です
一がデザインした、パソカレッジ大久保教室の看板です

こちらは、教室の側面につけた看板です
こちらは、教室の側面につけた看板です

 ホームページについても、こちらの細かい注文をよく聞いてくれました。また、ページ追加などにも、適切に対処してくれました。
 このホームページのおかげで、かなり離れたところから電車や車で受講しにくる生徒さんもいました。

 さらに、開業前の忙しい時は、教室の内装や備品の整理でも、大活躍してくれました。
 ケーブルの配線やパソコンの設定も全部彼がやってくれました。
 備品の購入などでも、選定において、彼に頼っていました。
 二人で何度も、津田沼などのホームセンターに行き、備品選定を決めたものでした。その際も、基本的に、彼が選んだものを決めていました。
 細かいところにもよく気づきました。教室の勝手口が西側を向いており、そこから夕方西日が入ることに気づくと、すぐにその天窓にあったカーテンを買ってきました。
 お客さんの荷物を床に直置きしないためのカゴなども、彼の発案でした。
 このように、彼がいなければ、この「パソカレッジ大久保教室」をつくり上げることはできなかったでしょう。

 この開業前準備の数ヶ月間は、一の八千代台での講師が休みだったという事もあり、二人でいろいろ作業したり、話しあったりしました。
 もちろん、夜も何度も飲みに行ったものでした。
 そして、なんとか予定通りに開業することができました。
 無事開業したあと、報酬の話を切り出しました。これまでの八千代台教室の給料を基準に提案したのですが、「自分は生活出来るだけあればいいから、その半額でいい」といってくれました。この気遣いにも、本当に感謝しています。

 結果的に、パソカレッジ大久保教室は3年半での終了となりました。その結果自体には忸怩たる思いがあります。
 ただ、一の「晩年」となった、この数年間に一緒に仕事できたことは自分にとって、忘れることができない貴重な思い出となりました。

 特にこの教室立ち上げのために二人で一緒に頑張り、苦楽を共有できた事を得難い宝物としてこれからも一生忘れることはないでしょう。